2012年5月18日金曜日

今日のソ連邦 第19号 1986年10月1日 その1

今日のソ連邦は毎号欠かさず入手できていたわけではないので、いきなり間が空いたりします。自分が発掘に失敗してる可能性もありますが、まぁ、その時はその時で。
てなわけで、通常運転。
表紙を飾るのはウラジオストクの街を颯爽と歩くゴルバチョフ書記長です。活動的な若きリーダーを印象づける表紙ですね。横には今は亡きライサ夫人の姿も見えます。このお二人、今みても垢抜けた印象です。



今回もなかなか面白い記事が多いのですが、カテゴリー的には雑多な印象もあり、一度にすべてを紹介すると、かえって散漫になるような気がします。というわけで、何度かに分けてご紹介。







とりあえず主役のゴルバチョフ書記長の記事。実際に現地を視察したのは1986年7月28日だそうです。具体的には7月25日から28日までウラジオストク、ナホトカ、コムソモリスク・ナ・アムーレ、ハバロフスクなど極東沿海州の都市を歴訪したようです。
ソ連の書記長の動向が2ヶ月足らずで外国に伝わるというのは、当時の基準からすると早い方かもしれません。


この中で書記長は、ウラジオストク市に「レーニン勲章」を授与しました。ソ連では、勲章が工場やコルホーズ、都市などにも授与されることは珍しくありません。といっても、それでなにが変わるのかはよくわかりませんが。
ちなみにウラジオストク市が、ソ連海軍の赤旗太平洋艦隊司令部のある軍港であるという点について、本誌では一切触れられておりません。


チラホラ載ってる制服組をピックアップ。
軍人や警察の資料は探せばそれなりに見つかるものですが、港湾局関係はちょっと珍しいです。
一番上の左端の人物は夏用のブルゾンを着ているようです。袖口のポタンや、裾のサイズ調整用のボタンが1つしかありません。軍や警察だと2つなのですが。
真ん中の写真は港の最高責任者のようです。こちらは夏のサービスユニフォームを着ています。4つポケットの制服は当時とはしては珍しいですね。肩章や帽章も海軍や商船隊(モル・フロート)とはまるっきり違ってて興味深いところです。

一番下の写真は博物館になっている潜水艦S-56号をバックにした一葉。この潜水艦は港に面した目抜き通りにあって、大祖国戦争に関するモニュメントが整備され、太平洋艦隊司令部のビルとも隣接しています。軍事パレードも行われる場所です。

この写真は大通りとは反対側で、博物館の出入り口があります。書記長以下の視線は、1985年に整備された新しいモニュメント群に向けられているようです。
ちなみに書記長の真後ろにいる軍服姿の人物はソ連海軍の最高司令官チェルナヴィン提督。階級章は元帥で、ネクタイの結び目にも元帥章の星が見えます。

前任者のセルゲイ・ゴルシコフは連邦元帥の階級で任期を全うしましたが、チェルナヴィンはソ連が崩壊する最後まで海軍元帥のままでした。

なお、この時の訪問の模様は、ソ連海軍の写真集「ソ連邦の大洋の盾」にも載っています。
情報公開(グラスノスチ)の始まりを実感できる時代です。

次の話題はソ連版の「鳥人間大会」。
6ページにも及ぶ特集で、写真も多いのですが、全部紹介できないのが残念です。
次のページでは、とある飛行機発明家クラブで、事故による死者が出たことに触れられており、クラブ存続の危機があったことが書かれています。
意を決して、新しいモデルがテスト飛行に飛び立ちますが、規定のルートを飛ぶだけだった予定のパイロットが、いきなり空中でアクロバットを始め、関係者が肝を冷やしたとか。
結果は無事故でクラブも存続したとはいえ、ソ連が航空ショーでムチャをやるのは、こういう土壌があったのかとも。

さて、動力飛行機となると、アマチュアの趣味という範疇からは逸脱してる気がしますが、ソ連における学生や労働者のクラブ活動というのは、もともと本格的なものが多いようです。
日本ならパソコンでもエレキギターでもオートバイでも、お金さえあれば買えますが、ソ連ではまず不可能。その代わりに、行政の支援を受けた各種のクラブが高価な機材を揃えてくれるというわけです。

以前、モスクワのラジコン同好会のクラブを見学させてもらったことがありますが、船や潜水艦の模型を浮かべる専用のプールがあるのを見て驚いたものです。コンクリートで作られた本格的なもので、全長10メートルぐらいありました。
今更ですが、ソ連という国は、ショボイとスゴイの差が極端です。

続きは次回で。
ではでは~。

2012年4月30日月曜日

1985年 ソ連と日本

今回は「今日のソ連邦」ではなく、「ソ連と日本 善隣と相互協力」というパンフレットの紹介です。1985年にノーボスチ通信社が作ったもので、カラーページを多用した美しい冊子です。
こちらも「つくば科学万博」の会場で配っていたようですが、内容的にあまり堂々と配ることはできなかったようで・・・・。
というのも、この中に登場するソ連の最高指導者が「コンスタンチン・チェルネンコ」なのです。

ながらく続いたブレジネフ政権のもと、ソ連は軍事力こそ増強させますが、経済の停滞は深刻なものでした。そこで当時、KGB議長だったユーリー・アンドロポフが改革派のリーダーとして就任するものの、持病が悪化して、わずか1年3ヶ月の任期でこの世を去ってしまいます。


その次に登場したのがチェルネンコでした。
改革派であるスタブロポリの連中が、ドニエプル・マフィアと陰口を叩く、ブレジネフ系列の人物で、保守派としては巻き返しのチャンスだったはずです。
しかし、この人、「改革にブレーキこそかけなかったが、ペダルに足を乗せられないほど衰えた老人」と評される有り様。任期はたったの11ヶ月で、1年もちませんでした。

死去したのは1985年3月10日ですから、「ソ連と日本」の発行時期ともろに重なります。いまさらページの差し替えはできず、回収もできなかったようです。
それにしても、この肖像写真・・・・・・もうちょっとマシなのはなかったのか? いや、そもそも写真なのか、レタッチ過剰なのか、イラストなのか、それすら、よくわかりません。ちなみにこの人、社会主義労働英雄を3度も授章してるのに金星勲章はひとつもないあたり、微妙なポジションがなんとなく想像できたり。


とはいうものの、パンフレット自体は紙質もよく、印刷もきれいです。記事は政治・経済・芸術・文化、民間交流など日本との関係をメインにすえていますが、割愛。
以下、目についたグラビアを、とりとめもなく紹介してみます。







北極海での資源開発。氷に閉ざされた採掘リグってのは不思議な眺めです。







高い所はイヤ。一方、シベリアの金の採掘現場の写真というのも珍しいです。シベリア→金→マガダン→ラーゲリって連想は・・・自然ですよねぇ?









広大なレナ河。行き来してる船の大きさから見ても、かなり大きな河川であることがわかります。核物理学研究所の円形の部屋は、粒子加速器かなにかの設備と関係があるのでしょうか。なかなかSFチックでカッコいいです。






ピオネールのサマーキャンプ! 
ショートパンツにツインテールの女の子がポイント高いです! 
というか浴衣の着付け、誰かもう少しなんとかしてあげられなかったのかなぁ。
日本人の女の子がかわいそうですぞ。




とりあえず、今回はこんなところで。
でわでわ~。

2012年4月16日月曜日

映画・映画・映画

いろんなタイミングが重なって、ここ一ヶ月に連続して3本も映画を見てます。
『プリキュア・オールスターズ New Stage』、『ストライクウィッチーズ劇場版』、『BATTLE SHIP』というラインナップ。
気づいたら「女の子」→「女の子+ミリタリー」→「ミリタリー」という、なんとも頭の悪い3連コンボを決めていました。

プリキュアは、最近ではすっかり恒例の年2作体制の1本で、オールスター総出演のお祭り映画。今回は過去のプリキュアたちの一部にセリフがまったくないという、オタ的にはちょっとした物議をかもした作品ですが、28人もいればやむを得ないかなという感じもあります。ストーリー的にも、ちょっとホラー風味があったりして、今までとはちがう作風。
でも熱い展開は毎回、安心して楽しめます。自宅をブルーレイ再生環境にしたのもプリキュアのためだったし。今回もソフトが出たら買わなくては。

ストライクウィッチーズは「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」。これまた熱い展開で、ミリオタ的には思わずのけぞってしまうようなサプライズも。劇場でのわたしは、さぞかし気持ち悪い笑顔を浮かべていたにちがいありません。
ちなみに見ていて「おっ!」と思ったのは、主人公の宮藤芳佳が「金鵄勲章」を貰っていたこと。ほんの一瞬しか映りませんが、リボンの形から察するに功五級か? これってすごいことですよ。あの年から、もう終身年金がもらえますよ。えーと…1943年だとすると350円か? 公立学校の教員の初任給が55円という時代に!

そして最後はBATTLE SHIP。シナリオのバカっぷりは、3本の中で一番です。いかにもハリウッド的な、アメリカンテイスト満載の「よいこの怪獣映画」です。つーか、敵メカがほとんどネウロイで、いつウィッチたちが登場するのかと思ってしまいましたわ。
劇中には日本の海上自衛隊も登場し、浅野忠信扮するナガタ艦長が結構な見せ場をもらっています。そしてラストには、こちらも勲章のシーンが。地球の危機を救った英雄たちに「Navy Cross」(海軍殊勲十字章)やら「Silver Star」(シルバースター勲章)が授与され、ナガタ艦長にも「旭日中綬章」が授与されたことがわかります。
でも、なんとなくケチくさいなあ…とも思ったり。せっかく宇宙人から地球守ったんだから、出し惜しみせずに、ここは「Medal of Honor」(名誉勲章)とか、「桐花大綬章」を授与したってバチは当たらないんじゃなかろーか。

それ以外の個人的なポイントとしては、映画に登場する海上自衛隊の記章類を、知人がすべて手配していたという点でしょうか。もちろん仕事として引き受けたわけですが、無償提供していればハリウッド映画にクレジットされてたかも?
まぁ、他にもツッコミどころ満載のバカ映画ですので、ポップコーン片手に気楽に見るのがよいでしょう。
でわでわ~。

2012年4月1日日曜日

今日のソ連邦 第7号 1985年4月1日 その3

つくば科学万博特集号のネタも今回で最後です。
よく見たらオリジナルは4月1日の発行日。ちょうど日付も合ってますし、せっかくなので華やかなカラーページを紹介しようと思います。
てなわけでソ連料理の特集。別にソ連の料理がエイプリルフール並の冗談という意味ではないですよ。

ソ連というと、現在でも深刻なモノ不足や食料不足、それにともなう長い行列が語り種になっていますが、食料調達の方法は他にもありました。多くの市民が郊外にダーチャ(別荘)を構え、小さいながらを畑を作って自前で野菜を育ててたのです。

さらに日本ではほとんど触れられたことがないシステムに、パヨーク(特配)があります。これは企業や工場が特定のコルホーズなどと契約し、毎月、申し込んだ食品を届けてくれるというもの。日本だと生協のようなものでしょうか(つーか、生協がパヨークにヒントを得たのだと思いますが)。

特配のトラックが到着すると、みんな仕事そっちのけで(おいおい)、楽しく分け合ったそうです。ちなみに数ある特配でも質・量ともに最高レベルは、言うまでもなくクレムリン(クレムリョフスキー・パヨーク)です。

決して失業のない労働者の天国。それがソ連なワケですが、それでも優良企業や人気の企業というのがありまして、そうした判断基準のひとつに、この特配システムの充実度がありました。逆にいうと企業としても「うちの特配は他とはちがうぜ」というのがセールスポイントで、優秀な人材を集めることにもつながったわけです。もちろん年金生活者など、特配を利用できない人たちがいたのも事実です。さらにソ連崩壊前後には、この特配システムそのものも機能不全を起こし、ソ連社会全体を大混乱に陥れたのでした。

いい加減、本題に入りましょう。
万博ソ連館のレストランの宣伝も兼ねたであろう、ソ連料理の紹介ページです。むふ~。

さて、市民レベルならなんとか知恵と工夫で食事にありつけるソ連ですが、観光客となると話は別です。今のロシアは外食産業もすさまじい勢いで発展してますが、ソ連時代のレストランはモスクワでも少なく、一部の有名店を除くとガイドブックにも載っていません。しかも看板の類が見当たらないのがほとんど。注意して見るとハガキぐらいの大きさの木の板にそっけなく「КАФЕ(カフェ)」とか書かれたものが壁にくっついてるだけ、というありさまです。

もちろんそれなりにおいしいのですが、ツアーじゃない個人旅行者がホテル指定の食事時間をうっかり外してしまうと大変なのでした。まぁ、公園とかではシャシリク(羊肉の串焼き)なんかを売ってるので、それを食べればいいのですが。

そんな中、特筆すべきが政府機関や軍の食堂でした。何度か食事に招かれたことがありますが、そのレベルはかなりのもので、日本の一流ホテルのメインダイニングにしても通用するおいしさでした。日本では、まだまだカジュアルな扱いのロシア料理ですが、もっと高く評価されてもよいのではと思います。

最後はロシアの民芸品からタルサという刺繍の紹介ページ。なんかモデルさんのポーズがぎこちなくて、わざとらして可愛らしいというか、微笑ましいというか。他にもキルギスの絨毯とかダゲスタンの銀細工、ティムコボ(キーロフ州)の素朴な粘土人形などが紹介されておりました。

でわでわ~。

2012年3月23日金曜日

今日のソ連邦 第7号 1985年4月1日 その2

気づいたら、思いの外、時間が空いてしまいました。
まぁ、更新をあまり義務化しても苦痛なので、これがウチのペースということで。

さて、今日のソ連邦「つくば科学万博特集号」のその2です。
この時のソ連の展示は、建築とか住宅とか都市計画というものに妙なこだわりがあったようです。日本人は住宅問題に関心が高いから、こういう話題が興味を引くだろう、と思ったのでしょうか?

そんなわけで、今回は「新居に引っ越した一家」と「「宇宙建築の芸術的問題点」の二つの記事を拾ってみようと思います。

34歳の夫「ウラジーミル・アニケーエフ」と28歳の妻「ナターシャ」。息子はふたりで、6歳の「サーシャ」と4歳の「アリョーシャ」。彼らが新しい住宅を手に入れた経緯が語られています。

アニケーエフはモスクワの工作機械工場「赤いプロレタリアート」の工具工場の職長。ナターシャは区立図書館の司書。ふたりはモクスワ市のクラスノグバルジェエイスキー区にあるソビエト執行委員会を通じて、国家から無料で、無期限で、さらに将来、子供たちに居住権を相続させる権利も含めてアパートを受け取ります。
新しい住居はオレホボ・ポリソボ地区。モスクワっ子たちからは辺鄙な場所と言われていますが、ふたりはそこに地下鉄の新路線が開業することを知っていて、受け取りを即座に承諾したのでした。

さて、ソ連ではアパートのことをフラットと呼びますが、フラットの受け取りは生易しいことではないと、今日のソ連邦の記事でも認めています。無償とはいえ順番待ちが大変なのですね。ちなみに協同組合方式で資金を集めて、自分たちで家を建てることもできますが、モスクワでそれができる人は10%にもなりません。まぁ、当たり前ですね。

ちなみにソ連にはソ連住宅基本法とロシア連邦共和国住宅法という二つの法律があります。家族ひとり当たりの居住面積が12㎡を超えてはならないという規制です。これには玄関ホール、廊下、キッチン、浴室、トイレなどは含みません。

アニケーエフ一家が受け取ったのは3DKのフラット。記事によると居住面積47.2㎡で、4人で割ると確かに12㎡以下です。それ以外も含めた総面積は70.3㎡。日本の東京の基準でも、まぁまぁな広さですね。
部屋は17階建ての4階部分。建物は入り口が9か所あり、垂直方向に9つの区画に分かれています。各区画には1フロアごとにフラットが4戸。これが一家のお隣さんということになります。

一ヶ月の家賃は夫婦の月収の2%と決められており、熱湯、水道、集中暖房、電気、電話などの公共料金はこれまた月収の2.1%。合わせて月収の4.1%が居住にかかる費用となります。でもガス料金が含まれてないのはなぜ?
ま、いずれにせよソ連の一般的な市民生活の資料というのはありそうでないので、これは貴重な記事です。

さて、次はガラリと変わって「宇宙建築の芸術的問題点」というキテレツな記事です。論文の転載ということですが、幸い見開きで収まる分量なので、まるごと載せておきます。
とはいうものの、中身を読めとは言いにくいです。
ロシアやソ連に限らず、建築家という人種は、どうして揃いも揃ってわけのわからん文章を書くのでしょう。
(みなさん先刻承知と思いますが、画像をクリックすると拡大します。別ウインドウで開くを選択すると、より大きなサイズで見ることができます)


でもってカラーページには、件の建築家の先生の作品が載っているのですが、なんというか……とんがった論文の割には、特にどうということもない抽象芸術のようにも思えるのですが……。

とりあえず、今回はこんな感じで。


2012年3月3日土曜日

今日のソ連邦 第7号 1985年4月1日 その1

右上:炭素質素材を医学(器官や組織の移植)に
利用する可能性を示すディスプレイ。
左下:ソ連館のシンボルマーク。
右上:原子力研究、原子力平和利用におけるソ連
の科学者たちの成果を物語るディスプレイ。(原子
の独特の模型になっている)
右中:炭素質素材の利用範囲の広さを示す「未来の
都市」の模型。
右下:バイカル湖のユニークな模型。 
とりあえず古い順からと始めたら、1985年のバックナンバーは3冊しかなかったことが判明。あらら・・・。と、いうわけで、ちょいとさかのぼります。なんと「つくば科学万博」の特集号。コスモ星丸なんてマスコットがいましたっけ。

さて、こういう大規模な国際イベントに関わると、ソ連大使館も俄然はりきるようです。
これがきっかけで新しい読者を増やせば、外交的にもプラスというものです。ですから、この号ではソ連の基本情報のおさらいみたいな記事も目につきます。そういう意味では、創刊号のような雰囲気なのでしょうか。今回の表紙は、会場に作られたパビリオンの展示物です。

実際のソ連館のパンフレットも持っているのですが、書庫からの発掘に成功したら、いずれご紹介したいと思います。そういえば1970年の大阪万博のソ連館のパンフレットもなぜか家にあったっけ。

で、肝心の中身ですが、今回はなかなか見どころが多いので、何回かに分けてご紹介したいと思います。

まずはソ連館のレイアウトを示した模型。
おそらくソ連の外務省内部での検討用に使われたものだと思います。日本だったら実物に忠実な模型をキチンと作りそうなものですが、こちらはアクリルを多用した抽象的なイメージモデルです。
細かいところは現場ですり合わせるということなのかもしれませんが、なんとなくセンスがいいなあと思ったり。


内容はといいますと、やはり宇宙と原子力、自然科学や医学などがメイン。まぁ「科学万博」と銘打っているイベントですから、ソ連の得意分野をぶつけてくるのはある意味当然です。
てなわけで、まずは原子力から。

見開きでドーンと見せつけてくれちゃってます。
本文にある黒鉛沸騰チャンネル型というのは、言うまでもなくチェルノブイリでも採用されていた原子炉のこと。注目すべきは文中で触れられている「長所」で、運転したまま燃料の入れ換えができるとある点です。
ウラン燃料を原子炉で燃やすとプルトニウムができます。
これは当然、核兵器の重要な原料なわけでして、このタイプの原子炉は電力供給をストップさせることなく、核兵器の材料を生産できる、まさにソ連のエネルギー政策と軍事戦略にぴったりの原子炉だったわけですな。

でも、ごめん。とりあえず本文は長いので割愛。
ソ連の原発がいかに安全で信頼性が高いのかが述べられています、とだけコメントしておくことにしましょう。ここでは写真のみで。

透明素材の防護服はソ連では一般的で、ソ連版ランボーと呼ばれた「デタッチドミッション」にも似たタイプのものが登場します。

ずらりとならんだ線量計はペンのようにポケットや襟に差しておきます。自分も軍用のを持ってますが、ここに紹介されてるものとは違うなあ。なんか、こっちの方が高級そう。

興味深いは、音で原子炉の状態を把握してしまうベテランの人。グツグツと沸騰する音が聞こえるのでしょうけど、なにがわかるのかしら?

あと水質検査室の奇妙なガラス瓶は試料の入ったフラスコでしょうか? 検査室といいつつ、機器類が一切写ってないのがミソです。これでフラスコまでタダの花瓶だったら吹きます。
職員が女性ばかりなのは、いかにもソ連です。白いピロトカは病院とか食品工場の写真でも見かけます。妙におしゃれなレースのカーテンも、検査室という言葉に不釣り合いで面白いです。

次回もこの号の続きをやります。
でわでわ~。