ご無沙汰しております。ようやく告知できます。このたび三才ブックスさんより「いまさらですがソ連邦」が発刊される運びとなりました。
同社のゲームラボ誌上で速水螺旋人さんとコンビを組んで、好評連載だったコラムに大幅加筆。もはや過去の遺物となった「ソ連邦」についてこれでもかと
ロシア・アヴァンギャルドな目次。
速水螺旋人さんによる情報過多のイラストコラムと
津久田重吾の無責任なテキスト。
自分の趣味の集大成のような本です。
どうぞよろしくお願いします!
ご無沙汰しております。ようやく告知できます。
毎年恒例のミンダナオ会展示会です。今回のテーマは「冷戦期の艦船」。
第二次世界大戦末期のヤルタ会談から1989年のマルタ会談における
冷戦終結宣言までを世界各国の海軍艦艇で振り返るという企画です。
といってもメインはやはり米ソ超大国の海軍がメインです。
※2017年2月20日、追記編集。 |
まずはひときわ目立つフルハル・モデルから。ウォーターラインに対する用語
で船底からスクリュー、舵なども再現した艦船模型のことです。まずはアオシ マのミンスク。多くの艦船模型ファンから惜しまれつつ閉店したNAVY BARの オーナーの手になる作品です。自分もこいつをじっくり眺めながらグラスを傾 けた思い出があります。 |
ミンスクがソ連空母の代表格ならアメリカはもちろんエンタープライズです。
キットは近代化工事の最終仕様をキット化したものです。日本にも馴染みの 深い空母でしたが、現在は退役してしまいました。でもアメリカを代表する 有名な艦名ですから、また別の艦に受け継がれることでしょう。 |
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冷戦時代とは、すなわち核の時代です。中でも戦略ミサイル原潜は極めて
重要な戦力でした。これは「レッドオクトーバーを追え!」で有名なタイフーン
級。ソ連海軍ではアクラ型と呼んでいました。ドラゴンモデルのキットで 艦首の潜舵を動かすと魚雷発射管から魚雷がヒョコヒョコ飛び出すギミック がついています。ちなみにミサイル発射の場面はオリジナル。 |
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| なお実際のタイフーン級はスクリューを囲む巨大なシュラウドリングを備えて います。しかし、当時はソ連艦艇の喫水線下の形状なんてわかるはずもあ りませんでした。 |
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| とはいえ! モノには限度があります。これはミンダナオ会に展示 されたものではなく、記憶を頼りにネットで見つけた画像ですが、 スクラッチではありません。一体、何の資料を見たのか見当もつ きませんが、こんな謎の物体がくっついたタイフーン級の模型が 販売されていました。うーん・・・謎・・・・・・。 |
続いてはタイフーン級のライバル、アメリカのオハイオ級です。ソ連に比べ
ると、なんてすっきりしたデザインなのでしょう。乗ったことはありませんが、
居住性も給料もこっちの方がいいに違いありません。 |
これはソ連初の原子力潜水艦。西側ではノヴェンバー級として知られてい
ます。アメリカに追いつくため、かなりムチャな設計をしており、お世辞にも 安全性が高いとは言えませんでしたが、ソ連海軍の潜水艦として、初めて 北極点に到達するなどの偉業を達成しました。この航海の艦長だったウラジ ーミル・チェルナヴィンは、後にソ連最後の海軍司令官となります。 |
一方、アメリカもアメリカで血迷っていました。潜水艦から発射できる有翼
の巡航核ミサイル「レギュラス」を開発し、配備していたのです。冷戦とは
全面核戦争の一歩手前の状況に過ぎず、よくもまぁ、こんな時代を人類は 無事にくぐり抜けてきたものです。 |
ミサイル巡洋艦キーロフ級。全部で4隻作られましたが、現在は4番艦の
ピョートル・ヴェリキーだけが稼働しています。ステルス性を考慮した設計で
レーダー反射面積(RCS)は駆逐艦程度しかないと言われています。 |
こちらは日本の海上自衛隊。護衛艦「あまつかぜ」です。ミサイルの百貨店
みたいなキーロフ級とは比較になりませんが、日本で最初に艦対空ミサイル
装備した画期的なフネです。 |
アメリカの原潜シーウルフです。静粛性、速力、潜航深度など、あらゆる面
で世界最強という高性能艦ですが、お値段の方も世界最強で、結局3隻で
建造が打ち切られてしまいました。現在は廉価版のヴァージニア級が量産 されています。 |
ソ連のアクラ級潜水艦。アメリカのシーウルフは元々この艦に対抗するため
に計画されました。それほどまでに、かつての常識を覆す高性能潜水艦だっ
たのです。とはいえ、昨今の予算不足で実戦任務についてる艦は少ない
という話です。
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| ちなみにアクラ級には楽しいギミックが満載です。これは救命イカダの展開シ ステム。パネルが外れると、中から折り畳まれた救命イカダが自重で落下。 海の上で自動的に膨らむという仕掛け。まぁ、これが機能するためには艦が 浮上していることが前提になるわけですが。 |
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浮上できない場合の脱出方法がこちら。司令塔が分離
してレスキューチェンバーになります。これ全員乗れるの かしらん。 |
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これは船体内部に収納されている小型の補助推進装置。レッドオクトーバー
の無音推進装置を連想してしまいますが、おそらく湾内を低速で航行する時
など、舵の効きが悪い場合に使うのではないかと推測されます。
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ではウォーターラインの展示に移りましょう。日本でもなじみ深いアメリカの
空母ミッドウェーです。右が改装前。左が改装後。中央エレベーターを廃止 して側面に移動するも、まだ足りずに増設。甲板をアングルドデッキに変更 して、スチームカタパルトを装備。新造した方がいいんじゃないかと思う 魔改造ぶりです。 |
| 実際、戦後間もなくの空母は第二次世界大戦当時のシルエットと現代の 空母の中間点という感じで実に面白いものです。レーダーなどの電子装置 類も大袈裟。艦載機も渋くて泣けてきます。 |
対するソ連空母のアドミラル・クズネツォフ。飛行甲板のド真ん中に対艦
ミサイルを搭載し、カタパルトではなくスキージャンプで艦載機を離陸させる
など、独自の設計思想と言えば聞こえいいものの、やはり当時のソ連海軍 の苦しい内部事情が色々と伺える艦です。 |
やはりソ連海軍は水上打撃部隊こそ花形。というわけでキーロフ級1番艦
と4番艦の比較。実際の艦の真上を飛ぶのは大変危険なので、それが自国
向けの宣伝目的だとしても滅多にありません。まして他国の航空機となると 警告射撃とかを受けます。そんなわけで模型の展示会ならではの眺め。 同型艦と言いつつも搭載兵器には細かな違いがあることがわかります。 |
もちろんトチ狂った兵器もあるわけでして。このエコー級ミサイル潜水艦は
その代表格。まぁ、前掲のレギュラスの後継者と言えなくもないのですが、
ミサイルは排気を逃がすために大きくエグれた船体とか箱型のランチャーが
丸ごと持ち上がるシステムとか、いろいろ斜め上。
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さらに狂ってるのが誘導方式。模型でも再現されてますが、実物の画像。
なんとセイル前部がクルリと反転して中からレーダーが出現。ミサイル 本体が目標をとらえるまで、誘導電波出しっ放しで浮上していなければ
ならないのです。いやぁ……(エコーだけに)。
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まぁ、血迷っていたのは米ソだけではありません。これはフランス海軍の
防空巡洋艦コルベール。ミサイル無し。バルカン砲もなし。艦砲射撃のみ
で対空戦闘を行うという漢のフネです。「加減しろ莫迦!」と。 |
| 次の試練は朝鮮戦争。敗戦した日本は軍備を放棄し、戦争を否定したはず でしたが、大国の思惑でその理念は早くも覆ります。1950年に朝鮮半島に 派遣され、機雷掃海にあたったのが日本特別掃海隊。この時、戦死者1名を 出していますが、これは第二次世界大戦最後の戦死者なのか、冷戦時代の 最初の戦死者なのか、考えさせられます。 |
さらに日本人と核兵器の関係はヒロシマ・ナガサキで終わりませんでした。
1954年、ビキニ環礁での核実験で生じた死の灰を浴びたのが第五福竜丸。
海外でも「ラッキー・ドラゴン・ナンバー5」で知られています。そしてドラゴンは ゴジラと名前を変えて日本に上陸してきました。なお、実物の第五福竜丸は 東京・江東区の夢の島公園に展示・一般公開されています。 |
冷戦は、言葉だけでは、なんとなくおとなしい印象がありますが、現実は
あと一歩でホンモノの全面核戦争を引き起こすところでした。1962年の
キューバ危機です。展示ではキューバにミサイルを持ち込もうとしたソ連の 貨物船レニンスキー・コムソモールを見ることができました。白いシートの 下にミサイルが隠されています。 |
そんな中、トンキン湾事件が起こります。1964年、ベトナム沖で情報収集を
していたアメリカの駆逐艦マドックスが北ベトナムの哨戒艇から攻撃を受け
て反撃。これを機にアメリカはベトナム戦争へ本格介入していきます。 |
1968年にはプエブロ号事件が発生。北朝鮮沖で情報収集をしていたアメリカ
の情報収集艦プエブロ号が朝鮮人民軍海軍に拿捕されてしまいます。今でも
プエブロ号はピョンヤンに係留され、米帝に対する朝鮮人民の勝利の象徴と して観光名所になっているそうです。 |
冷戦とは、あくまでも便宜上の言葉です。ガチの戦闘が無かった日は、事実上
ありません。1971年、第三次印パ戦争の最中、インド海軍のフリゲート「ククリ」
が、パキスタン海軍のダフネ級潜水艦「ハンゴール」に撃沈されます。これは 戦後初の潜水艦による戦果で、ハンゴールは現在もパキスタンで記念艦として 保存・展示されているそうです。 |
「日本が戦争を避けても、戦争が日本を避けてくれるとは限らない」
その言葉が現実になったのが山城丸の事件です。1973年、イスラエルと
シリアの間で発生したラタキア沖海戦の流れ弾に当たった貨物船山城丸 が炎上。犠牲者は出ませんでしたが、船は喪失しました。ちなみに攻撃 に参加したイスラエル海軍ののエイラートは、後にエジプト海軍の攻撃で 沈没。これは対艦ミサイルによる最初の戦果として知られています。 |
その頃、日本では海上自衛隊が試練に直面していました。これまた1974年
に発生した第十雄洋丸事件です。東京湾内で衝突事件が発生しタンカーが
炎上。どうしようもないので海上自衛隊が砲撃と魚雷によって撃沈するという ものでした。問題はタンカーがなかなか沈まなかったこと。 |
艦船模型でふりかえる冷戦時代は以上です。なんか回を追うごとに画像の
枚数が増えているのですが、それでも沢山の力作を紹介しきれませんでした。
ちなみにこの画像は革命記念日のスペシャルペイント・・・というのはウソで
架空の設定です。でも、今のロシア海軍ならやりかねないかも。
今回はこんなところで。 でわでわ~。 |
新春恒例のミンダナオ会さまによる艦船模型展示会です。
今回は2月12日.13日.14日の3日間に渡る開催となりました。
今回は「第一次世界大戦の艦船」がテーマ。
というわけで早速、会場の様子をレポートしてみたいと思います。
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ミンダナオ会というと会場に所狭しと並べられた圧巻の艦船模型展示が定番ですが、
今回はちょっと様子が違います。なんかスカスカ。これはもちろん手抜きではなく、
1916年5月31日午後から6月1日未明にかけて行われた「ジュットランド沖海戦」の
様子を再現したものです。
これは第一次世界大戦に行われた英国VSドイツの海戦で、主力戦艦同士がガチで
ぶつかりあった空前絶後の艦隊戦です。今年でちょうど100周年になりますが、おそらく
こんな海戦は二度と起こらないでしょう。今回の展示会では、この海戦のクライマックスを 5月31日午後6時30分と定め、その瞬間を立体的に把握できるよう心が配られています。 |
イギリス艦隊“グランドフリート”の旗艦アイアン・デューク。座乗するのは
ジェリコー大将。麾下に戦艦28隻、巡洋戦艦9隻を擁し、さらに20隻を 越える巡洋艦と70隻を越える駆逐艦を従えていました。 |
対するドイツ艦隊旗艦のフリードリヒ・デア・グローセ。率いるはシェーア中将。
麾下に戦艦22隻、巡洋戦艦5隻を擁し、さらに数隻の巡洋艦が加わっています。
イギリス艦隊に比べると数では下回っていますが、機動力に富む水雷艇が 50隻以上も参加しており、イギリス海軍の壊滅を目論んでいました。 |
| さて、この作戦。最高司令官とは別に2人の指揮官が重要な役割を演じています。 ひとりは英国海軍のビーティー中将。巡洋戦艦だけで構成される巡洋戦艦艦隊を率いて いました。画像では右側にある独立した薄いブルーのテーブル上の展示です。 もうひとりはドイツ海軍のヒッパー中将。こちらも巡洋戦艦5隻からなる第一偵察戦隊を 率いていました。こちらは濃いブルーのテーブル。両者はジュットランド沖海戦の前に起きた 「ドッガー・バンク海戦」でも砲火を交えた因縁の仲。ヒッパーはビーティをおびき出して シェーア率いる主力艦隊の前に引きずり出し、壊滅することを企図していました。 この展示ではビーティーとヒッパーがそれぞれ左右に進路を変えています。両者は一旦、 離れているのですが、この時、ジェリコー大将率いるグランドフリートがシェーアの前に あらわれ、進路を遮ります。横一列に並んだ艦隊が単縦陣の先頭に火力を集中できる 丁字戦法の型が形成され、シェーアは危機に陥ってしまいました。 これを見たヒッパーは艦隊を反転させてグランドフリートに突進。シェーアの艦隊が逃げる 時間を稼ぎます。しかし、そんなシェーアを今度はビーティの艦隊が追撃します。 一連の戦闘でイギリス艦隊は14隻を失い、ドイツは11隻を失いました。戦術的にはドイツの 勝利と言えなくもありませんが、残存艦隊では英国が優位になります。とはいえ両者の差は それほど決定的になったわけでもなく、戦いは引き分けといったところでしょうか。 |
| 個別の艦の展示を見ていきましょう。これは1/350スケールの英国戦艦ハーキュリーズ。
ジュットランド沖海戦では第1戦艦艦隊の第6戦隊に所属していました。
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イギリス海軍の巡洋戦艦タイガー。1914年10月に就役した新鋭艦でビーティ中将率いる
巡洋戦艦艦隊に所属し、ドッガー・バンク海戦とジュットランド沖海戦に参加しています。
ただ、いずれも戦果ははかばかしくなく、多数の命中弾を受けて死傷者を出しています。
言うなれば「傷だらけの虎」でしょうか。
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今回はこんなものも。ジュットランド沖海戦の様子が1/3200スケールのジオラマとなって
展示されています。奥にあるのはダーダネルス海峡突破作戦のパネル展示。
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| 近くで見ると、ちゃんと作り込まれた戦艦です。水柱も再現されていて見ていて飽きません。 |
| もうひとつのパネル展示。ダーダネルス海峡突破作戦です。ドイツと同盟関係に あったオスマン帝国(オスマン・トルコ)は第一次世界大戦で連合軍と敵対。 これに対し、首都イスタンブール占領をもくろむイギリスおよびオーストラリアなどの イギリス連邦、そしてフランスの連合軍が海峡の突破を試みます。 トルコ側は海峡沿岸を要塞化し、なおかつ湾内にびっしりと機雷を敷設。連合軍側 の前ド級戦艦6隻が撃沈・大破という結果になります。しかし、これは前哨戦に過ぎず、 後に「ガリポリの戦い」として知られる上陸作戦は、双方合わせて50万とも言われる 死傷者を出すことになるのです。 |
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このガリポリの戦い、トルコ側では「チャナッカレの戦い」と呼ばれ、歴史上きわめて
重要な戦いと位置づけられています。多大な犠牲を出しながらも連合軍の撃退に 成功したからで、この時の指揮官のひとりムスタファ・ケマルは後年、オスマン帝国 の帝政を廃してトルコ共和国を建国。初代大統領に就任します。
トルコでは2012年に映画化もされているのですが、会場でどういうわけかそのDVDが
上映されていました。なんというか、トルコ版の「二〇三高地」みたいな感じです。 トレーラーはこちら。ちなみに原題で検索すると映画が丸ごと……ゲフンゲフン! |
| そんなわけでダーダネルス海峡は前ド級戦艦の墓場になってしまったわけですが、 そんな古い世代の戦艦を。カノーパス、レナウン、右はダンカンです。 |
こちらはオーストリア・ハンガリー海軍。一番手前が戦艦ブダペスト。そのとなりが
戦艦エルク・ヘルツォーク・フルディナント・マックスです。長い! 第一次世界大戦
の敗北でオーストリア・ハンガリー帝国は解体され、内陸国になったオーストリアと
ハンガリーは一大海軍を失い、小規模な河川艦隊だけになってしまいます。
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| 一方、海の向こうのアメリカはというと大規模な工業化をすすめて海軍も増強しています。 画像は砲塔や上部構造物が派手ですが、リサーチに基づく正確な色だそう。白い船体は 「グレート・ホワイト・フリート」の由来にもなりました。これは1907年から1909年にかけて 世界一周航海を行ったアメリカ大西洋艦隊のことです。 |
もっとも、そんなキレイな装いも戦争になってくるとやってられないわけで。手前は戦艦
ヴァージニアの変わり果てた(?)姿。バスケット型のマストはより遠くを見通せるように
考え出されたものです。こんな頼りない構造物の上で見張りしなきゃいかんとかイヤですわ。
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世界大戦というだけあって、戦場は世界の海へと広がります。ここでは第一次世界大戦の
その他の海域で活躍した艦艇が豊富な資料とともに展示されていました。日本だと
アオシマ……じゃない青島要塞の戦いが映画になっていますが、ここではエムデンの戦いが
注目を集めていました。 |
| その他の展示を見てみましょう。こちらはイタリア王国の陣容。 |
帝政ロシア海軍からソ連海軍へと所属が変わった戦艦パリスカヤ・コンムナ。風変わりな
船首部分は増設された作業甲板らしく、砕氷機能を付与したのではないかとの話。
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同じく帝政ロシア海軍の戦艦インペラトリッツァ・マリーヤ。こちらも船首に
謎のクレーン設備がついています。
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ロシア=ソビエトの流れとなると避けて通れないのが二等巡洋艦アウローラ(オーロラ)。
ペトログラード(サンクト・ペテルブルク)で革命の合図となる砲撃を行ったことでソ連では
神格化された存在でした。前述したロイヤルオークのところでも触れましたが、こちらも
博物館でありながら、現役の海軍艦艇として扱われています。
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| ポスト・ジュトランド型戦艦。ジュトランド沖海戦はその後の海戦に大きな影響を与えました。 従来のタイプの戦艦では戦いに勝てないと実感した列強各国は火力や防御力を高めた より大型の戦艦建造に乗り出します。今思えば、この時すでに大艦巨砲主義は終焉を 迎えていたと言えるのでしょうけど、この流れは戦艦大和の建造まで続きます。 |
| 1/350スケールで作られた馴染み深い戦艦群。 |