2012年4月1日日曜日

今日のソ連邦 第7号 1985年4月1日 その3

つくば科学万博特集号のネタも今回で最後です。
よく見たらオリジナルは4月1日の発行日。ちょうど日付も合ってますし、せっかくなので華やかなカラーページを紹介しようと思います。
てなわけでソ連料理の特集。別にソ連の料理がエイプリルフール並の冗談という意味ではないですよ。

ソ連というと、現在でも深刻なモノ不足や食料不足、それにともなう長い行列が語り種になっていますが、食料調達の方法は他にもありました。多くの市民が郊外にダーチャ(別荘)を構え、小さいながらを畑を作って自前で野菜を育ててたのです。

さらに日本ではほとんど触れられたことがないシステムに、パヨーク(特配)があります。これは企業や工場が特定のコルホーズなどと契約し、毎月、申し込んだ食品を届けてくれるというもの。日本だと生協のようなものでしょうか(つーか、生協がパヨークにヒントを得たのだと思いますが)。

特配のトラックが到着すると、みんな仕事そっちのけで(おいおい)、楽しく分け合ったそうです。ちなみに数ある特配でも質・量ともに最高レベルは、言うまでもなくクレムリン(クレムリョフスキー・パヨーク)です。

決して失業のない労働者の天国。それがソ連なワケですが、それでも優良企業や人気の企業というのがありまして、そうした判断基準のひとつに、この特配システムの充実度がありました。逆にいうと企業としても「うちの特配は他とはちがうぜ」というのがセールスポイントで、優秀な人材を集めることにもつながったわけです。もちろん年金生活者など、特配を利用できない人たちがいたのも事実です。さらにソ連崩壊前後には、この特配システムそのものも機能不全を起こし、ソ連社会全体を大混乱に陥れたのでした。

いい加減、本題に入りましょう。
万博ソ連館のレストランの宣伝も兼ねたであろう、ソ連料理の紹介ページです。むふ~。

さて、市民レベルならなんとか知恵と工夫で食事にありつけるソ連ですが、観光客となると話は別です。今のロシアは外食産業もすさまじい勢いで発展してますが、ソ連時代のレストランはモスクワでも少なく、一部の有名店を除くとガイドブックにも載っていません。しかも看板の類が見当たらないのがほとんど。注意して見るとハガキぐらいの大きさの木の板にそっけなく「КАФЕ(カフェ)」とか書かれたものが壁にくっついてるだけ、というありさまです。

もちろんそれなりにおいしいのですが、ツアーじゃない個人旅行者がホテル指定の食事時間をうっかり外してしまうと大変なのでした。まぁ、公園とかではシャシリク(羊肉の串焼き)なんかを売ってるので、それを食べればいいのですが。

そんな中、特筆すべきが政府機関や軍の食堂でした。何度か食事に招かれたことがありますが、そのレベルはかなりのもので、日本の一流ホテルのメインダイニングにしても通用するおいしさでした。日本では、まだまだカジュアルな扱いのロシア料理ですが、もっと高く評価されてもよいのではと思います。

最後はロシアの民芸品からタルサという刺繍の紹介ページ。なんかモデルさんのポーズがぎこちなくて、わざとらして可愛らしいというか、微笑ましいというか。他にもキルギスの絨毯とかダゲスタンの銀細工、ティムコボ(キーロフ州)の素朴な粘土人形などが紹介されておりました。

でわでわ~。

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