2013年12月19日木曜日

今日のソ連邦  第13号 1987年7月1日

タイミング的に今年最後の更新かな?
早いものでもう2年です。訪問してくださる方々に感謝です。

さて、表紙はソ連のごく一般市民の姉妹です。
左がタチアナ(14歳)、右がエーラ(20歳)。
シベリアのブラーツクに住むムサトフさん一家の長女と次女です。父ヴィアチェスラフ(46歳)はブラーツク暖房設備工場の技師。奥さんのガリーナ(42歳)は同工場のプログラマーとのこと。エーラは地元の音楽専門学校ピアノ科に通い、卒業間近。妹のタチアナは中学8年生で、音楽学校にも通っています。それまで一家はウクライナのドネツクで暮らしていましたが、シベリアに引っ越してきたのです。

引っ越しにあたってヴィアチェスラフとガリーナ夫妻はそれぞれ基本給2ヶ月分460ルーブルと300ルーブルを受け取り、それとは別に娘ふたり分として父の基本給一ヶ月分230ルーブルを受け取りました。
なお、ドネツク=ブラーツク間の航空券代金4人分(270ルーブル)と、家財道具を収めたコンテナの輸送代75ルーブルはブラーツクの会社が負担。一家のための住居も会社が提供しました。

ちなみに一家は、ドネツクの住居をシベリア滞在中も保有する権利を持っていましたが「戻らない」と決心したらしく、地区ソビエト委員会付属の「住宅交換所」に申し出てブラーツクの同程度の住居と権利を交換。工場から提供された住宅の権利と合わせて4DKのフラットを手に入れました。

えーと、ですね。今回は、やたら「お金」の話がでてきます。
モスクワに住む30代前半の民警中尉の月給が165ルーブルですから、ヴィアチェスラフの月給230ルーブルはなかなかのものです。しかし、ブラーツクに引っ越したことで、夫婦の基本給には、さらに40パーセント分の「シベリア手当て」が上乗せされます。

シベリア手当の係数は緯度で決められており、南部では15パーセント。極北部では100パーセントとなっています。
それだけではありません。勤務開始から5年間は基本給も毎年10%ずつ引き上げられます。こちらはシベリア北部地域だけに適用される特典で、極北部ではやはり100パーセントなんて数字も設定されています。

それだけシベリアの環境が過酷というわけですが、インフレなき社会主義経済を標榜するソ連にも、実質的インフレがあり、それを反映しているのではないかとの見方もできます。
とはいえムサトフ一家はかなり生活に余裕があります。家には娘のためのピアノ。自家用車を持ち、ブラーツク郊外には2500ルーブルかけてダーチャ(別荘)も建てました。

長女には月額30ルーブルの奨学金も出るので、一家の一ヶ月の収入は970ルーブル。所得税や組合費、党費などを収めた手取りは830ルーブルとなります。
支出面では家賃が月16ルーブル50コペイカ。電話料金(市内)2ルーブル50コペイカ。電気料金は平均して4ルーブル。なお、食費は300~350ルーブルと言いますから、やはりシベリアでの生鮮食料品は割高なようです。その他には交通費や日用品の購入に50ルーブル。衣類は月に100~150ルーブル。ムサトフさん一家は毎月、服を新調してるようです。
もちろん貯金もしていて月に100~200ルーブルを貯金局に入れてます。

「シベリア的な高給取り」は年次休暇も優遇されており、年36労働日。これはソ連欧州部の人々の1.5倍です。また、ソ連政府は3年に1度、夫婦にソ連国内の好きな場所へ行ける往復旅券を支給。ウクライナの親戚の家を定期的に訪れています。

見開きのグラビアは森の中でくつろぐムサトフ一家。右に目を向けると巨大なダムがあり、社会主義リアリズム絵画をそのまま写真にしたような構図ですね。

次の特集は科学。
1年間寝たきりというトンデモ人体実験のレポートです。
これは宇宙での長期滞在が人間の肉体に与える影響を調べるもので、モスクワの医学・生物学問題研究所が行いました。この種の実験はアメリカのNASAも行っていますが、せいぜい数週間から一ヶ月程度。それでも起き上がることができなかったり、貧血で倒れる人が続出だったそうです。

1年という期間はソ連だからこそできる大胆な挑戦です。
被験者は10人の成人男性。病院の隔離施設でベッドに仰向けに寝た状態を維持します。ハミガキ・洗顔、ヒゲソリ、食事。もちろん入浴やトイレもストレッチャー上で行います。
この状態が長く続くと下半身と上半身の血流が平均化する一方、足腰の筋肉や骨格がみるみるうちに衰えていきます。まさに宇宙ステーションにいるのと同じになるわけです。

被験者は、最初から激しい運動を義務づけられた組と、最初の4ヶ月はまったく運動しない組に分けられます。ランニングマシーンを縦型にした特別な機材が用意され、寝たまま走ったり、手足の筋トレをしました。見開き右の奇妙なズボンは真空服「チビス」と呼ばれるもので、下半身に圧力をかけることができます。これはソ連の宇宙ステーションに実際に搭載されている機材だそうです。
なお、取材時はデータ収集を終えた段階で結果は出ていません。現在の国際宇宙ステーションに生かされてるといいですね。

次の特集は伝説の名機ANT-25のお話。
ANT-25とはアンドレイ・ツポレフが設計した大型航空機で、航続距離は実に13000キロ。1931年12月に開発が始まり、わずか1年後に初飛行します。
1937年にはヴァレリー・チカロフがモスクワ→北極点→アメリカのパンクーバー(カナダとは別の都市です)を結ぶルートを無着陸で飛行することに成功。チカロフはソ連邦英雄となります。

もっとも、記者の人は、ただのヒコーキ好きだったようで、話題はあちこちに脱線しております。イラストはザハロフという人が描いてますが、こちらもかなり趣味に偏った感じ。流麗なタッチの魅力的な絵です。水彩絵の具で淡い色調で塗ったら映えるでしょうね。今日のソ連邦では、かなり毛色の違う記事です。

余談ですが、チカロフの偉業を讃える銅像がニジニー・ノブゴロド市にあります。飛行服姿のチカロフが手袋をはめようとしているポーズなのですが、これって相手を睨みつけながら腕まくりするポーズにそっくりで、ロシアでは相手にケンカを売る時にする侮辱的な仕種なのだとか。アメリカでいうところの中指を立てるジェスチャーに近いものだそうで、案内してくれたロシア人が「どうしてこんなポーズにしたのか理解できない」と言っていたのを覚えています。

さて。次は恒例の共和国の紹介。今回はアルメニア共和国です。ソ連のアネクドート、いわゆるスターリン・ジョークに親しんでる人ならアルメニア放送とかエレヴァン放送などで馴染みがあるかと思います。

アルメニアはザカフカスの南端に位置しており、イランやトルコと国境を接しています。ノアの方舟が流れ着いた場所と言われるアララト山を戴く国です。酒好きならアルメニア・ブランデーの名前を聞いたことがある人も多いでしょう。

アルメニアは太陽の国と言われていますが、これは単にロシア南部にあるからだけではなく、空気が澄んでいて日差しがとても強いことも要因だそうです。アルメニア人は人類学的にはコーカソイド人種のアルメノイド型に属しており、濃い体毛、高い鼻、比較的黒い瞳と髪の毛が特徴です。言語はインド・ヨーロッパ語族の一語派で、古くから文字を持っていたことでも知られています。

アルメニアの有名人と言えば、なんといってもミコヤン。アナスタスとアルチョムの兄弟です。アナスタスはスターリン&フルシチョフ時代に副首相を務め、日本にも来たことがあります。弟のアルチョムはミハイル・グレヴィッチとともにミグ設計局を創設しました。ちなみにロシア語のМигは「一瞬」とか「瞬間」という意味で、直線番長ミグ25にぴったりの言葉です。

最後はモスクワ生活サービス企業合同「ザリャー」の特集。
ベビーシッターとハウスキーパーを合わせたような仕事をする出張サービスの会社の話です。要するに「通いのメイドさん」ですな。
共働きが当たり前の夫婦にとって育児と仕事、家事を同時にこなすのは大変なことです。そこでこのサービスの出番というわけです。しかし、ザリャーは慢性的な人材不足。申し込んでも半年待ちという有り様なのだとか。

しかもザリャーで働く乳母たちは自分たちで勤務先を選ぶことができるそうで「退役した元帥やら高名な科学者の孫の面倒を見た」とか「芸能人の家で働いた」とかが自慢になる世界。つーか、「元帥」なんて自然と絞り込まれそうな勤務先なんですが。

ちなみに記事では「乳母」とか「子守」という言葉が使われていますが、これは便宜上の用語。実際には「一回限りの委託業務の遂行者」という奥歯にICBMが挟まったような言葉で呼ばれています。「遂行者」の平均年令は23才(!)。医学的なことを除く高齢者の補助なども行います。現代の日本だと派遣のデイ・サービスみたいな感じでしょうか。

もっともモスクワの若い主婦たちのニーズは毎日やってくるお手伝いさんではなく、繁忙期に一時的に手伝ってくれる人だそうで、学生結婚&出産が珍しくないという背景もあります。母親が卒論の追い込みで忙しい間、赤ちゃんの面倒を見てくれる人に来てほしいというわけです。

ザリャーの平均賃金は月100ルーブル程度。これは新卒の技師や博物館職員の初任給とほぼ同額です。バーテンダーやネイルサロンの店員も似たような金額ですが、こちらには「チップ」があるので「同じ給料とは言えない」と冷笑されるとか。なんか、ここでも生々しいお金の話が出てきますよ。

さて、問題の人手不足解消の件に目を戻しますと、ここでもなかなかトンデモな実験が行われていました。
なんと中学生を試用してみようという話になったのです!
16才の女の子が派遣されてくるメイドサービスの会社ですよ! 
 ソ連・・・とっくに崩壊したはずなのに未来に生きてるな!

もちろん是非をめぐっては侃々諤々。特に赤ちゃんの命を社会実験の対象にするのは言語道断!というわけで、少女たちに委ねるのは食料品とクスリの買い出し。各種公共料金の支払い代行。家の掃除となりました。そりゃそうだ。
実験なので期間はたったの2日。このため国立銀行(ゴスバンク)は特別予算を編成し、さらに規則の例外規定として少女たちには即日、現金で賃金を支払うという取り決めがされました。それと不測の事態に備えて、少女たちは2人1組で行動します。
なんか、問題の本質がズレてるような気がしないでもありませんが・・・・。

で。結果は、惨憺たるもの。
少女たちがすべての買い物を終えたのは夜の10時。戻ってきた時は、悪びれもせずに楽しげにおしゃべり。「遅れちゃったけど、別に試験じゃないもんねー」という感じだったとか。
そもそも少女たちは、家事を手伝って親からお駄賃をもらっているのです。ちょっとしたおつかいで1ルーブル稼げることを知ってる少女たちは、ザリャーの仕事と賃金を計算し・・・。
1つの注文のために2時間かけて3軒の国営商店を回り、それでたったの75コペイカ!
ご冗談でしょう?
あらららら・・・・

それ以上に問題だったのは家の掃除で、少女たちは他の住人も使っている共同区画の掃除は断固として拒否したというのです。それでもザリャーと協力した学校関係者は、議論の余地はあるが、中学生を補助的に採用する意味があるとの結論に達したようです。
うむ・・・この辺のくだりはかなり率直な内容で面白いです。

そうそう。書き忘れていましたが、この号が発行された当時のレートは1ルーブル230円です。といってもモスクワあたりの物価で考えると感覚的には1000円ぐらいでしょうか。1ルーブルで社食のランチとカフェのコーヒー代ぐらいになる計算です。


今回はこんな所で。
でわでわ~。

ゲームラボ(三才ブックス)でも鋭意連載中です。こちらもよろしく~。 




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