2014年12月6日土曜日

今日のソ連邦  第5号 1988年3月1日

あちゃー・・・ついに師走であります。
 今回は「ソ日経済合同委員会」の特集がメインですが、共同声明とか活動報告ばかりでちょっと地味です。注目すべき点は各省庁や企業が独立して投資を呼び込んだり、貿易を呼びかけたりしてるところでしょうか。日本に対しては極東・シベリアの開発に取り込みたい様子が伺えます。

 個人的に強い興味を惹かれたのは「視点を変えれば」というコラム。これまでにも本誌で「ソ連の生活の質」というタイトルでソ連社会を採点してきた社会学者のビタリー・トレチャコフのコーナーです。
タイトルは「推理小説は文明に必要か」というもの。
別にソ連の公式見解を反映したものではなく、あくまで筆者の個人的な意見ですが、書き出しはすこぶる挑発的です。

「推理小説は“文学”のカテゴリーから抹消するだけでなく、そもそも我々の現代文明から追放する必要があると、私は確信している」

 わ~お。はてさて、これはどうしたことでしょうね?
 日本でもマンガやアニメがしばしば俗悪のレッテルを貼られますし、ラノベなんかも「あんなものは小説じゃない~式」の批判が見られたこともあります。トレチャコフ氏の真意や如何に?

 彼はソ連の推理小説家との対話を通し、作家たちの考え方が「どれをとっても人類の正常な生活の理想と、あらゆる刑事もの(ソ連では民警もの)の物語の理念とが乖離している」と強く実感するに至ったと言います。
 ただ、ここで取り上げられてる推理小説にアガサ・クリスティやコナン・ドイル、ジョルジュ・シムノンなどは含まれません。彼いわく「これらの作家は推理小説家というより風俗社会学者だ」と主張します。「これらの小説かが重視していたのは現代の作家が描いているものではなく、その奥で犯罪が熟している環境の社会的・心理的な描写である」のだとか。
 
 さて、トレチャコフ氏がこのコラムを書こう思い立った直接のきっかけですが、国際推理・政治小説協会なる団体の会長にソ連の推理作家ユリアン・セミョーノフが就任したことのようです。セミョーノフは「推理小説は社会的不正をただす武器である」と述べ、ソ連における推理映画の本数を増やすべきだと主張。「それは若者たちが見たがっているものであり、善意・ヒューマニズム・勇気・名誉心を育むものだ」と言います。
 これがトレチャコフ氏の癇に触ったようです。彼は「これらの主張のすべてに賛成しない」と噛みつきます。1985年、ソ連では12歳から60歳までの男女4247人を対象にアンケート調査が行われました。
 16歳以下では推理小説の人気はSFに次いで2位。30歳以下では3位、31~60歳になるといずれも1位だったそうです。職種で分類してみても一般労働者、技術者、農業従事者、医師、研究者など、多岐に渡って推理小説は好きな小説ジャンルの上位にランキングしています。

 ここでトレチャコフ氏は我々から見るといささか古くさい論理を展開します。
 すなわち「ソ連社会が西側の多くの国々で見られる暴力の波に襲われないで済んでいるのは、“刑事もの”の生産量が、西側諸国に比べて少なかったからだ」というのです。来ましたよ。彼にしてみればセミョーノフの主張は「この“不足分”を補いたがっているのだ」と強く批判しています。
 対する推理作家たちの言い分でよく見られるのは「ドストエフスキーの“罪と罰”や“カラマーゾフの兄弟”だって本質的には推理小説だ」というもの。トレチャコフ氏は「こんなことを言えるのはドストエフスキーを軽んじている者にしかできないことだ」と怒り心頭のようです。
 彼が問題視している点をまとめると、刑事なり、取調官なりの正義を描くためには、犯罪そのものを描写せざるを得ない。つまり正義の宣伝と同じように、暴力や犯罪の手口、時にロマンチックにさえ描かれる犯罪者の贅沢ぶり、倒錯した趣味などを宣伝しているのだ、というものです。
 ソ連の推理小説の現状は「1.暴力礼賛、2.犯罪と犯罪者そのものの美化、3.逮捕に至るプロセスにおける犯罪者に対する暴力の正当化」であふれかえっており、これらが映画やテレビドラマでさらに助長、拡大しているというのです。
 あの・・・なんだか80年代のソ連の推理小説とか刑事ドラマとかめちゃくちゃ見たくなってくるんですが。ここまで批判するからには凄いものを想像しちゃうんですが。

次は気分を変えてミンスク自動車工場(MAZ=マズ)のカラー写真いろいろ。ベロルシア(ベラルーシ)共和国には3つの自動車メーカーがあり、残りふたつはベロルシア自動車工場(BelAZ=ベラズ)、モギリョフ自動車工場(MoAZ=モアズ)と言います。これらは全部で11の関連企業からなる産業複合体で正式名称を「10月大革命記念ベロルシア大型自動車生産合同」と言います。
 
 工場では現在、ペレストロイカによって「労働集団評議会」なるものが設置され、「自分のカネは自分で稼ぐ」方式への転換を進めているとのこと。ただ、既存の組織もまだ残っており、それらを廃止するのが大変です。
 旧組織には10人以上のメンバーで構成される「作業班長評議会」が数百もあり、さらに常設の生産会議があります。内訳は全工場生産会議がひとつ、工場、職場、管理部にそれぞれ30、これに人民監督機関、ボランティアの経済分析ビューロー、科学的労働組織ビューロー、ボランティアの要員評議会が加わり、非公式の自主管理グループに至っては無数にあります。これらの集団に全労働者の半数が何らかの形で参加しており、まさに自動車作ってるのか会議してるのかわからない状態だったとか。確かにこりゃ、すげぇわ・・・。

次は職人の世界のお話。モスクワ郊外のサルティコフカという街にある鍛造科学技術博物館の敷地内で開催された「第2回全ソ美術鍛冶フェスティバル」より、鍛冶屋のコンクールの話題。
 一見するとその辺の森でやっているイベントという感じで、どんな形態の博物館なのか興味があります。鉄製の台には耐火レンカが敷きつめられ、その上でコークスを燃やしているようですが、火力のコントロールとか大変そうです。あと、消火用水のバケツが台の下に置いてありますが、それっていざという時、取り出せないような・・・。

さて、この号が出た1988年はモスクワ芸術座創立90周年にあたります。そこで東京の日生劇場でも記念公演が行われたとか。日本とソ連の演劇界はなかなか密接な関係があるんですな。
 もちろん来日するから日本の演目というわけではなく、モスクワでもいろいろ工夫してます。ロシア人が日本の衣装を着ているのはなかなか面白いですが、まぁ、日本人だって海外のオペラとかではそれなりの衣装を着ますからね。
 
 ところで、さすがにここでは触れられていませんが、ソ連と日本の演劇にまつわる面白いエピソードがあります。
 モスクワに赴任中だった日本の商社の奥さんが、友人のロシア人に声をかけられました。とあるアマチュア劇団が「蝶々夫人」をやるので着物の着付けをしてほしいとのこと。で、いざ出かけてみて仰天。
 主役の蝶々夫人はもちろん、出演者全員が「必勝」と書かれたハチマキをしていたのです。当時、ソ連のメディアが取り上げる日本のニュースは労働争議やデモばかりだったので、劇団の人たちは日本人は皆、必勝のハチマキをしているものだと思い込んでいたのだとか。メイエルホリドが草葉の陰で泣いている・・・と言いたいところですが、私たち日本人もどこでやらかすかわからないので、注意したいところです。

 最後は国際婦人デーにちなんだ特集。
 国際婦人デーは3月8日。1904年、アメリカで婦人参政権を求めるデモが行われたことがきっかけで設立された記念日です。ソ連では2月革命の日だったこともあり、重要な記念日に位置づけられます。といっても、女性解放とか男女平等などの硬派なフェミニズム運動からは次第に遠ざかり、ソ連ではごく普通の記念日になって今に至ります。とはいえ、ロシア女性にとっては誕生日、結婚記念日に次いで重要な日であり、この日に花を送ることを忘れると旦那の査定は確実にマイナス評価となります。夫婦や恋人でなくても、職場の女性に花を贈るのが一般的で、これは日本でもメジャーになっていい習慣なんじゃないかと思います。(別に花キューピットの回し者じゃありません)
 さて、記事は山林監督官レーナ・マーシナの日常です。愛犬バルボスとともにカルバート山脈の自然を守るのが彼女の仕事。なんとモスクワ大学卒業の才媛です。普通ならモスクワで華やかな生活が約束されているのに、ウクライナの国営林業所で働く道を選びました。
 規則では制服を着なければいけませんが無視。なんかソ連って規則一点張りのようで、妙なところが自由なんですよね。
 彼女の仕事でも特に重要なのは密猟の取り締まり。記事では興味深いエピソードが語られます。この地域は公認された狩猟地でもあり、地元のアマチュア狩猟クラブに入れば、イノシシやノロ鹿、ウサギ、キツネ、キジなどの野鳥・小動物狩猟許可証が発行されます。しかし、保護動物であるアカ鹿は一切の許可が出ません。アカ鹿はカルパートの森の王と呼ばれています。
 ある日、レーナはそのアカ鹿を狩っている密漁者の現場に遭遇します。早速、摘発しますが、相手は共産党の高級幹部たちでした。「俺たちが誰だかわからないのか?」とすごまれたレーナですが、怯まずに調書を作って送検。しかし、結果はひどいものでした。
 調書はあっさり握りつぶされ、林業所には上級官庁の調査委員会が査察が入ります。彼らはあらゆる書類をひっくり返し、文字通り重箱の隅をつつくように欠点をあげつらい、厳しく譴責してきました。おかげでレーナは一時期、人間嫌いになってしまったそうです。
 その後、彼女は地元の自然保護協会の地区評議会書記を兼務し(ちゃんと給与が支払われます)、自然保護活動にも力を入れているそうです。この地域でも大規模な開発計画がひしひしと押し寄せ、酸性雨の影響でオークの梢が枯れ始めているとか。
 現在、どうなっているのか、ちょっと気がかりですね。



今回はこんなところで。
でわでわ~



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